光明会とは

光明会の信仰とは

光明会は、近代の宗教家的偉人・山崎弁栄聖者(1859~1920)を通して、浄土宗祖・法然上人(1133~1212)の信仰を現代に生かしていこうとする人たちの集まりで、その教えを光明主義と申します。それは諸仏をも超越した存在として宇宙にただ独り、けだかくまします阿弥陀如来を大ミオヤと仰ぎ、その智慧と慈悲をいただいて、生ける時は光明の日暮しをして、死する時は如来の聖きみ国に生まれんことを願う教えです。

この世は曇った眼でみると生滅変化してやまない無常の苦しみの世界です。しかし、目覚めた眼でみれば明るい光明の世界です。大は日月辰星から、小は野の一木一草に至るまで、みな、大いなる法則と運動の中にある大調和、大安心の世界です。我々の心臓の鼓動も、吸う息吐く息の呼吸も、みな、大いなるみ力のもよおしに外なりません。私共はみな明るい光明の中に生かされているのです。だから、すでにお救いにあずかっている私なのですが、しかし、現実の私は救いとはほど遠い苦悩の日暮らしをしています。それはこの私が自我という迷いの心の牢獄の中に閉じこめられているからです。自我とは、自己中心の執着心のことです。

文明は長足の進歩を遂げましたが、それが今や環境汚染や殺人兵器の開発といった問題で表れ、人類の未来を暗く脅かしています。自我に染めぬかれた世界に救いはありません。今こそ如来の慈悲と智慧に導かれて生きなければならぬ時期です。

釈尊は迷いの自我を打破して明るい世界に出よと、八万四千の修行の道を説かれました。法然上人は、南無阿弥陀仏と称える声の中に聖きみ国におさめとられていく道のあることを発見された方でした。弁栄上人はその基盤の上に立って、ご自身の経験を通して、南無阿弥陀仏の声の中に光明を得て救われ、人として育てられていく道のある事を示して下さった方です。

如来の慈悲と智慧の中に生かされている私共は、みな如来の子供です。だが、このままでは鶏の卵のようなもので、如来のみこころを顕すはたらきができません。だから親鶏に抱かれ温めていただく必要があります。念仏を称えることは如来に抱かれ温められるということです。念仏には、称える者に「ああ、天地いっぱいの大きな命の中に生かされているな」と実感させてくれるはたらきがあります。親鶏の如来に抱かれ温められ、救いとお育てをいただいて、一路向上の光明生活をしたいと願うのが光明主義の教えです。

光明会趣意書

この教団は如来ちよう唯一の大御親を信じ。其慈悲と智慧との心的光明を獲得し。精神的に現世を通じて永遠の光明に入るの教団なり。

其大御親とは宇宙唯一の霊体にて心霊界の大日輪なり。明治天皇の「朝な夕な御親の神に祈るなり我が国民を守り玉えと」と「目に見えぬ神のこころに通うこそ人の心の誠なりけれ」との御製は畏くも其御消息と拝し上らる。また孔子が天道と呼玉いしも同じ唯一の大御親の別号に外ならずと信ず。凡そ一切の人類は其大御親の分子たる仏性を具すれども大御親の慈悲と智慧との光明によらざれば霊性を顕彰すること能わず。

この永遠不滅の霊活なる大御親の実在と其真理なることを実証し給う教祖釈迦牟尼仏は殊に明かに其大光明に接触するの道と云うべき八万四千の法を説き給えり。この大光明を八万の方面にわたりて教え給いしは恰も太陽の光は一なれども照さるるものは無量なるが如し。されば吾人が仏陀教に信頼して信念功を成ずる時は必ず霊的光明に感触して無明の夜明けて光明界中の人と成りぬべし。然してこの光明中の人となれば自から大御親の聖寵により清き心の御子となるが故に相互に真実親愛の情を以て相待するに至るべし。

人たるものこの天地間に生を受け万物の霊長たり此光明を獲得せずして可ならんや。曽て聞けり世の進化の順序は喩えば人の道を歩行する両脚の互に運びて進むが如しと。人の精神の働きを内外両面分てば教育政治等のすべて外部に向つて働くべき方面とまた宗教家庭道徳等の内部に向いてつとむべき方面とあり。顧うに今や吾国民は外部の文明は長足の進歩を以て発達し今日の隆盛を見るに至れり。是よりは宗教及び道徳等の方面に於て大に進むべき時期到来せり。長らく眠り居りし国民の内的霊性が覚醒されるべからざる暁は近づけり。

宗教は人類の内的生活を高尚にしまた正善にし且幸福を感ぜしむるものなり。ここに於て吾人は時期相応の信仰的団体を結び共に教理を研究しまた信念を修養して互に相提携し真理の大御親の聖意を称う清き同胞として光明に裡に生活し現在を通じて精神的に永遠の浄界に進行するを目的とせん。願わくは吾が敬愛せる清き同胞衆生よ。吾人は相互に弟たり兄たり共に携へて大御親の光明の大道を進まんことを望むものなり。茲に教団を結び其目的を達せんと欲する所以なり。

首唱者 仏陀禅那 弁栄

光明家庭の心得

一、父母は慈悲と正義の観音勢至にて実行の範を以て子女を光明に指導すべき事
一、各自に暗黒の気質を淘汰し光明の本心に基き平和たるべき事
一、忿恨等を発し衝突を為すは光明を失う故なりと覚知すべき事
一、光明に充たされはいかなる場合にも麗しき色を変えざる事
一、光明の時間を貴重し徒らに過すべかざる事
一、日々の業努は如来の命令と信じ潔くつとむべき事
一、如来の試験は日常行為の上にある事を記憶すべき事

晨には今日一日如来に身心を献げて事えまつることを告白し、夕べには一日いかに行為せしやを吟味し益々向上せんことを要す。

闇黒の家に犯罪の卵子は発生し、光明ある家庭に善良の士女育成す。

聖典に悪人は悪をなし冥より冥に入りより苦より苦に入る、善人は善をなし明より明に入り楽より楽に入ると示し給えり。