発熱の文(ほつねつのもん)

行者発熱の文 4 歓喜と感謝の職務


 君よ、現在君が執てをる職務をば、真に神聖なる物として大みおやが選みてさづけ玉いし業として、悦んでつとめて居る哉。将た是も人間の活き役、何か為ねばならぬ故に此の職務を執ってをるに過ぎぬと思いなされ玉う乎。
 私が是迄多くの教育家に就て其職務に対する心の置き方を窺うに、宗教心のある方は前に属し、信仰心の無き方は、多くは後の方に属しておる様に見えます。君の現に執って居ますつとめは、他の金銭抔の物質のみを取り扱う業とは異にして、人間の最も貴重なる精神上の、ことに人格の基礎を造るべき教育の業務は、最も神聖なる職務にして、即ち天のみおやより君に選みて授け玉わりしことなれば、大みおやに感謝の意を以て悦び勇みて業に従事する時は、非常に大なる力を以て、満足の念を以てつとむることができます。
 君よ、夫にしてもそは全く宗教心が充分に成じたる上のことにて候。然らばいかに宗教心を成就せんとなれば、宇宙間に独り尊き大みおやの実在を信じて、其に帰命信順して、みおやの恩寵によりて自己の改造を祈ることにて候。


現代語訳

 君よ、現在、あなたが勤めている職務は、真に神聖なものとして、如来様が選び授けて下さった職務と受けとめ、悦んで勤めていますか。それとも、これも人間が活きていくための役目、〔しかたがなく〕何か仕事をしなければとの考えから、その職務をしているに過ぎないと考えておられますか。
 私がこれまで、多くの教育家と出会い、その職務に対する心の置き方を窺っていると、宗教心のある方は前に属し、信仰心の無い方の多くは後の方に属している様に見えます。君が現在、勤めている職務は、他の金銭などの物質のみを取り扱う仕事とは異なり、人間の最も貴重な精神上、とりわけ人格の基礎を造る教育の業務なのです。〔そして〕最も神聖な職務、すなわち、天の如来様が君の為に選び授けて下さった職務なのです。〔そのように受けとめ、〕如来様に感謝の意をもって、悦び勇んで職務に従事する時は、非常に大きな力をもって、〔また〕満足の念いをもって勤めることができます。
 君よ、その〔悦びや感謝や満足の心境は、〕円満に宗教心が充分に成就した上のことなのです。それならば、どうすれば宗教心を成就できるのでしょうか。〔それは〕宇宙間に独り尊き如来様の実在を信じ、〔南無阿弥陀佛と称えつつ〕すべてお任せし、そして心から従い、その如来様の恩寵によりて、自己の改造を祈ればいいのです。

解説

 このお便りは、その内容から教育者に宛てた御手紙であることが分かります。その教育者の箇所を、読者各自の仕事に置き換えて、そのメッセージを受けとめて頂ければと思います。たとえ物品を扱う仕事であっても、「金銭抔の物質のみ」ではないはずです。その物品を通して、真心や優しさを伝えられ、また、主婦であっても、学生や退職された方も同様です。  
 日々の仕事、もしくはその日々の生活が、歓喜と感謝の職務となっているでしょうか。曇り顔で「つまらない」と生活するか、笑顔で「ありがとう」の生活をしていくか。弁栄上人から発熱を促されています。

出典

山崎弁栄上人消息『御慈悲のたより』下巻九頁より

掲載

機関誌ひかり第702号
編集室より
行者(この文を拝読する者)の発熱を促す経典や念仏者の法語をここで紹介していきます。日々、お念仏をお唱えする際に拝読し、信仰の熱を高めて頂けたらと存じます。
現代語訳の凡例
文体は「です、ます」調に統一し、〔 〕を用いて編者が文字を補いました。直訳ではなくなるべく平易な文になるように心懸けました。
付記
タイトルの「発熱」は、次の善導大師の行状にも由来しています。「善導、堂に入りて則ち合掌胡跪し一心に念仏す。力竭きるに非ざれば休まず。乃ち寒冷に至るも亦た須くして汗を流す。この相状を以って至誠を表す。」