発熱の文(ほつねつのもん)

発熱の文 24 勤苦六年


 外衣を装うよりは内性の妙服を厳にせよ。傲慢の頭髪を除きて謙遜にして道を求め、剛石の上にも六年の勤苦を経て霊性を鍛え、五濁の汚を此俗を、霊なる流れにて浴ぎ、人間を以て神に近づくに随って、禽獣も尚親しむばかりに一心を金剛石に坐して霊性の開発を期せよ。内に煩悩の魔あり、外に誘惑の回るあり。之を降伏して初めて霊なる光明を発見せん。此霊性開発こそ人生の一大事である。霊光喚発して心霊の暁とならん。自ら霊光獲得せば即ち光明中の人なり。自己得の光明を以て、すべてに及ぼせ。其遊歩の行為言口の其語是さま世界を動かす。


現代語訳

身に付ける服にこだわるよりも、心の中の妙なる服を厳かにしなさい。傲慢の頭髪を除いて、謙遜な心で道を求め、剛石の上に六年も〔坐り続けるという覚悟をもった〕苦しい勤めを経て、霊性を鍛え〔飢饉・天災・戦争などの時代を経るにつれて濁るという意の劫濁・誤った考えがはびこるといういう意の見濁、人を迷わす煩悩がはびこるという意の煩悩濁・人々の心身の資質が低下するという意の衆生濁・人々の寿命が短くなり命が軽んじられるという意の命濁、この〕五つの濁りから来る汚れを、〔そして〕この俗世〔に沈む生活〕を、霊なる〔如来様の〕流れにて浴いで頂き、人間である〔私達が〕、如来様〔を常に念じて〕近づくに随い、〔人間のみならず〕鳥や獣までもが親しみ近づいてくるほどに、一心をダイヤモンドの上に坐し、〔つまり固く強い心をもって如来様をひたすら念じ〕、霊性の開発を願いなさい。心の内側には煩悩の魔が潜んでいる。外には誘惑がはびこっている。これに打ち克って、初めて霊の光明を発見するのである。この霊性の開発こそ人生の一大事である。霊の光が〔心中から〕喚び発せられ〔内性のお育てを感じていけばいづれ〕心霊の夜明けとなる。自ら〔の内性に〕霊光を獲得したならば、即ち光明中の人である。自己が獲得した光明によって、〔それを〕すべて〔の周囲〕に及ぼしなさい。その〔光明を獲得した者の〕遊歩する姿や行為、言葉、その様子が世界を動かす。

解説

出典

『御慈悲のたより』上巻三十~三十一頁、『ひかり』平成二十八年十一月号参照

掲載

機関誌ひかり第721号
編集室より
行者(この文を拝読する者)の発熱を促す経典や念仏者の法語をここで紹介していきます。日々、お念仏をお唱えする際に拝読し、信仰の熱を高めて頂けたらと存じます。
現代語訳の凡例
文体は「です、ます」調に統一し、〔 〕を用いて編者が文字を補いました。直訳ではなくなるべく平易な文になるように心懸けました。
付記
タイトルの「発熱」は、次の善導大師の行状にも由来しています。「善導、堂に入りて則ち合掌胡跪し一心に念仏す。力竭きるに非ざれば休まず。乃ち寒冷に至るも亦た須くして汗を流す。この相状を以って至誠を表す。」