発熱の文(ほつねつのもん)

発熱の文 21 心本尊


 心本尊と申ことは、吾曹が心中に何時も離るることなき活ける本尊さまをおすえ申置事にて候。例えば本堂の中心中台に御尊像を安置する如くに、私共の頭の中台に、みだ世尊を安置して、常にその活ける本尊の威神と慈悲との光明に照されて、邪と悪とを捨て、正と善とに御みちびきにあずかるなり。我らが心本尊とは、我曹が面前に、如来は万徳円満なる絶対人格として我らが真正面に在まして、円かに照さるるを想えば、我らが如き浅間敷心も自ずと清く、また高く、霊にありがたき心も湧出で候。


現代語訳

 心本尊とは、私たちの心中に、いつも離れることがない活きた本尊さまを御安置することをいうのです。たとえば、本堂の中心の中台に御本尊さまが安置されているように、私たちの頭の中台、〔つまり心の中心〕にも、阿弥陀如来を御安置して、常にその活きた本尊さまの威神と慈悲との光明に照されて、邪と悪とを捨て、正と善との方へとお導き頂くのです。如来さまは、あらゆる徳と円満な麗しき絶対人格の姿をもって、私たちの真正面に在して、円に照らして下さっておられるのです。〔その如来さまをいつも〕念じているならば、私たちのような浅ましい心も自ずと清らかになり、高等なる方へと進ませて頂き、ありがたき心も湧き出てくるのです。

解説

出典

『御慈悲のたより』巻八頁、『ひかり』六八八号、(平成二十八年五月号)「新発見光明資料 五」

掲載

機関誌ひかり第719号
編集室より
行者(この文を拝読する者)の発熱を促す経典や念仏者の法語をここで紹介していきます。日々、お念仏をお唱えする際に拝読し、信仰の熱を高めて頂けたらと存じます。
現代語訳の凡例
文体は「です、ます」調に統一し、〔 〕を用いて編者が文字を補いました。直訳ではなくなるべく平易な文になるように心懸けました。
付記
タイトルの「発熱」は、次の善導大師の行状にも由来しています。「善導、堂に入りて則ち合掌胡跪し一心に念仏す。力竭きるに非ざれば休まず。乃ち寒冷に至るも亦た須くして汗を流す。この相状を以って至誠を表す。」