第43回 法のつどい(続)

法の集いの報告(続)

佐野成昭

 前回に続いて5月20日(土)~21日(日)「第43回法の集い」で私の受け止めた各1時間のご法話の簡単な概要を記載させて頂きます。
 全席配布資料があり多く引用させて頂きました。

◆一席目 「光明主義との出会い」山本サチ子
  1. 半世紀前東京の大学生となって、大学の先輩から光明園の例会に誘って頂いたことが、光明主義との初めての出会いで、直立不動の田中木叉先生とその御言葉が印象的でした。例会終了後「東京青年光明会」メンバーと喫茶店に行き盛り上がったことを見聞させて頂きました。僧侶の父に背中を押されて、千葉県の善光寺と工藤上人導師の医王寺のお別時に着きました。
  2. 大学三年の時、不慣れながら青年光明会の世話係りをしました。そこで、お上人方や岡本薫先生方から支援を受け、お蔭で感謝と有難い思いをしました。
  3. 就職、結婚で活動がほとんど出来なくなります。三人目の赤ちゃんが亡くなり、一生涯初めての大きな悲しみと後悔で自分を責めました。一年後上の子の暗さを担任の先生から指摘されて初めて、家事と仕事に心を切り替えることが出来ました。河波先生夫妻から激励もされましたが、光明園には、遠のいていました。
  4. しかし、平成二十四年に定年となり、光明園へ行き活動し始めました。昨年大変お世話になった河波先生がご逝去され、残されたもので活動を維持し、先生方のご意志に沿うように努めたいと考えています。河波先生は、音楽は、言葉より説得力があると言われたように音楽の活動も続いて取り入れたいです。婦人部も出来、あちこちに足を運んでいます。ホームページも出来、ネットでの交流も活発化しました。

礼拝儀等を残して頂いた弁栄上人の真の教えを皆様と共に世の中にもっと広めたいと思います。次の木叉上人のお歌と共にどうかお力添えをお願いします。

足らぬ自分の力では 越すに越されぬこの峠 
まもるお慈悲のみ力で 越されぬままに越せてゆく

◆二席目「宗教とは何かー山崎弁栄の境涯」若松英輔先生
 山崎弁栄上人の仏教は感情の仏教です。感情とは、心が動いている様。分かることは、後でいい。感情を養うことが大切。
 宗教は、関係である。「大ミオヤと子との関係を親密にするにあり・・・子らの心霊を霊育し給う(弁栄上人)」知性、理性、感性が順に育って行く人生を過ごすが、霊性を人生終局の目的とする。
 愛は共鳴だ。違うものの触れ合いだ。音楽でドとミは異なるから、共鳴出来る。愛は、我と彼との間を親密に繋ぐ所の情緒なり。悲しみの世界…人の悲しみが分かるというところに留まって活動しておれば理性の世界だが、人が悲しんでいるから自分も悲しいという路をどんどん先へすすむと宗教の世界へ入ってしまう(『春宵十話』岡潔)。
 質疑応答では、僧侶Aより、「お話は、何か書いたもので話をされているのですか?」について、以前光明会員を取材した会員の話の種があり、自分が感じたこと。それ以外は、話しませんとのこと。次回全く同じ話の再現はできませんとのことでした。(原稿を作らず話していた)
 僧侶Bより、「今、弁栄上人のような人格者がいない中、念仏修行すればよいのですが、仲々出来ないことが多いのです。自分はどうすれば良いでしょうか?先生が私達に期待することは何でしょうか?」の質問に対する回答は、個々に体現しなさい。隣人に。念仏を知らない人が、声にならぬような形で仏に呼び掛けている人を受け止め、引き受けることが宗教者として大切です。
◆三席目「称名念仏の根拠」福原隆善台下
 本来前日の予定でしたが、お忙しい中お越し頂き、翌日の早朝6時40分より百万遍知恩寺福原隆善台下よりご垂示(お教え)を頂きました。その簡単な概要について列挙します。A3用紙2枚の多くの文献資料を用いて浄土宗の称名念仏の根拠を次のように示して下さいました。

  1. 『聖光房に示されける御詞』の中で『摩訶止観』、『往生要集』及び善導大師の立てた念仏の根拠が以下のように存在する。
  2. 『摩訶止観』(天台智顗著)の「九十日口常に阿弥陀仏の名を唱する」の記載。
  3. 『往生要集』(源信著)に「一心称念す」の記載。
  4. 『仏説無量寿経』の十八願に「我が国に生れんと欲し、乃至十念せんに…」多数回ないし十回念仏を称えるとの記載。
  5. 『往生礼讃偈』(善導大師著)に「名号を称えて…十声」の記載。
  6. 『浄土立宗の御詞』(法然上人著)には「凡夫の念仏往生の教えは、他宗には無い。道綽・善導大師の意に依って浄土宗の教えを立てる」との記載。
  7. 『選擇本願念仏集』(法然上人著)の「念声是一」つまり、仏説の十念も善導の十声も同じとの記載。「称名念仏は阿弥陀仏の本願、第十八願であり、称名は優勝にして易行の故に、また、身口意の三業相応の故に」との法然上人の御言葉。

 以上浄土門の記載に対し、歴史文献研究家の津田左右吉は、仏説の「十念」に対し、浄土宗では、「十声」と書き変えていて、字と意味も異なる。他にも一々反論している。ところが、これに対しては、高橋弘次著の『法然浄土教の諸問題』で「念仏」の語は、「仏を間断なく想う」という意味であって…「仏を想う」という心意が持続されるそこに、その心意が外的な動作となって「仏の名を呼ぶ」という行為が生じたと解釈している。津田の意見は直接的に宗教的実践にはかかわらないと述べている。
 最後に興福寺の勝願院の『散善義記』には次のような概要の記載がある。「称名する声が耳に入り、仏を想い起こす。声は念をすすめ、念は声をすすめる故に称名すれば仏を忘れることがない。」
 どちらかと言えば声が先です。
 多くの原文の資料を提供して下さいましたが、紙面の都合でここでは、僅かのみの引用にしました。他の席の法話も同様です。

◆第四席目「繊細の精神と霊性」近藤伸介先生
(1)人類は人工知能に勝てるか
今や人工知能は、産業ロボットや将棋プロに勝つ等、人間の能力を超え出した。果たして人工知能には持ち得ない、人間独自の能力は存在するのか、という疑問が生まれる。答えは、ある。それは光明主義が語る「霊性」である。
 十七世紀、パスカルは『パンセ』の中で「繊細の精神」に言及している。それは神を感じる精神であるが、その原理は極めて微妙で、よく澄んだ心でなければ感じることができないという。これは光明主義の霊性に通じる。
(2)1997年の十四歳の少年Aによる神戸児童連続殺傷事件
この事件は「なぜ人を殺してはいけないのか」という根本的な問いを社会に投げかけた。事件から十八年後に少年A自身が出した答は、「あなた〈自分〉自身が苦しむことになるから、絶対に殺してはならない」というものだった。一方、弁栄上人は、両親を殺すより一層重い罪があり、「それは己が霊性を殺すことである」(『日本の光』P.487)と述べている。人を殺せば、自らの霊性も殺すことになる。だから殺してはならない。これが光明主義からの答えであろう。
(3)仏法それは霊性を守り育てるための教え
弁栄上人は言う。「人々本来具有の仏性を開発して、仏と為す大法が即ち仏法である」(『人生の帰趣』P.51)
 「我ら衆生は、本法身の父より受けたる霊性という仏に成り得らるる性を備えて居る。…我らが仏性を温めて、霊き人として玉わるのは、報身如来の光明である(『ミオヤの光』縮印版二巻P.203)」
 自らに与えられた霊性を損なうことなく、大切に育て、ついには仏となる。それが光明主義の説く仏教の教えである。ここに我々の生きる意味がある。

 筆者が思うには、現代は、人工創造の画像・ゲーム等で殺人、暴力を娯楽的に見聞します。その影響を受ける人が多いことが大問題となります。それに打ち勝つためには、現代の画像情報力を利用して地獄極楽物語のようなものを見せ悪因悪果・善因善果の縁起思想を知ってもらうことが、現代問題、いじめから殺生までの防止に大きな成果があると思います。それは倫理・道徳の良い教材です。幼少の時程大切です。
 筆者が少年別時を行った時、仏教マンガ『地獄極楽』をプロジェクターでスクリーンに写し説明しました。子供らは、驚いて大変印象深く見いっていましたので、心に深く残ったと思われます。大人の人にも言いたいです。「地獄極楽」は、比喩です。現代にも存在します。人も心が変われば鬼となり殺生します。車も運転する人の精神次第で地獄にある人をつぶす大岩に変わります。「極楽」の部分は、理想平和の象徴で霊性を育てる助けになります。

◆第五席目「近現代の浄土宗史上における山崎弁栄の必然性を探る・私見」藤本浄彦上人
一、弁栄「光明摂化思想」の位置づけ
 弁栄は、明治十六年二十四歳、浄土宗の檀林東漸寺に入門し、浄土宗の伝宗伝戒を正式に相承し、大正六年地方振興の全国布教師十七名の一人に選ばれている。
 弁栄は、その生涯の膨大な説教により〈体系的〉「光明摂化思想」を生み残した。法然上人の「ただ一向に念仏する」ことによって、求めずして得られる境地(三昧発得)は、念仏の究極目的ではなく、「(浄土)往生の業」としての念仏である。それは死生を貫く「光明生活」とも重なる。個我念仏体験の連鎖に陥らぬよう注意が必要。
二、近現代における浄土宗・弁栄(光明摂化主義)・辨匡 (共生会)をめぐる年譜的私見
 現代の客観的・科学的・学問的価値基準に踏まえ近現代の浄土学と関連信仰運動を点描する時、辨匡の共生主義と比較すると弁栄は、関東・中部・九州地域の田舎人の「生きる意味とその問題解決」のためトツトツと接する念仏教化者〔地下足袋の念仏教化者〕であり、個人念仏三昧を主軸に「光明生活」に向かっている。弁栄の主著『如来光明礼拝式』は、「浄土宗教会規則…」によると、別冊の在家用の「教会儀式」であり、自家薬籠〈薬箱〉中の薬とした教化方策と言えないであろうか?一方辨匡は、帝国大学のエリート教育を受け、啓蒙的発想に立ち社会的観点から縁起の法に基づく社会活動念仏の教化者〔白足袋の教化者〕であり、「業務念仏」〈日常業務達成〉を中心軸に「社会的生活」へ向かっている。
 これらの両者(個人と社会)が両輪となって進展充実する時、現代に応答しうる法然仏教、日本仏教の未来があると思われる。

以上