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聖者の偉業・俤

聖者の俤 No.8 さえられぬ光に遇いて 2

さえられぬ光に遇いて 2 熊野 好月 また一面の私の煩悶も、堪え難いものでありました。それは長ずるにしたがって、世の中の色々な矛盾に気がついたのと、力もない身が己れを偽り他をあざむいて、日々ごまかしの生活をしていること、 … “聖者の俤 No.8 さえられぬ光に遇いて 2” の続きを読む

聖者の俤 No.7 さえられぬ光に遇いて 1

さえられぬ光に遇いて 1 熊野 好月 救わるる前後 私こそは如来様のまな娘でございます。用意周到な備えをもって、本覚に帰らしんめんとのお慈悲から、手を変え品を変えてお導き下さいました事を思います時、感謝の涙が止まらぬので … “聖者の俤 No.7 さえられぬ光に遇いて 1” の続きを読む

聖者の俤 No.6 最後の御説法

出典『ミオヤの光』二巻三号十九頁『縮刷版』一巻七十二頁 最後の御説法 原 吉郎 大正9年12月1日、お上人様のご病苦も少し薄らぎ、すやすやとお眠り遊ばされたるご容子を拝して私は不得已所用の為一寸帰宅致しました処、俄に疲労 … “聖者の俤 No.6 最後の御説法” の続きを読む

聖者の俤 No.5 故浅井法順師の追悼会に臨んで(抜粋)

※ひかり編集室より この文は羽賀虎三郎氏の浅井法順上人追悼の文章ですが、弁栄上人との暖かなご縁が記されていましたので、抜粋して転載させていただきます。光友を増やして行く布教のコツが、この文にある「何となく有り難く」と思え … “聖者の俤 No.5 故浅井法順師の追悼会に臨んで(抜粋)” の続きを読む

聖者の俤 No.4 思い出のまま

思い出のまま 恒村常子(栄月) 子を失いて哀愁の暗に迷える一人の女は、昨年(大正8年)の春、黒山の五重にて学徳高き岩井上人に救い上げられ更にまた、同夏、知恩院のお朝事にご親切なる中川上人の力あるお説教を承り無明の暗の追々 … “聖者の俤 No.4 思い出のまま” の続きを読む

聖者の俤 No.3 如来のお導き

出典『ミオヤの光』一巻五号一三頁『日本の光』に基づき若干の修正 如来のお導き てつ女 夢心地の中にはや身は汽車の中にありました。汽車は包み切れない希望と逃れ出て歓びと名状し難い一種の悲哀とに、頭も混乱しそうなこの身を、何 … “聖者の俤 No.3 如来のお導き” の続きを読む

聖者の俤 No.2 信後の感想 2

出典『ミオヤの光』創刊号 大正8年11月『縮刷版』一巻十一頁 信後の感想 中村 禅定 (NO.1から続き) 上人に拝謁して、仔細を申し述べたところが上人の仰せに、 当年東京在の松戸という町に教会を創立したからその所へ参っ … “聖者の俤 No.2 信後の感想 2” の続きを読む

聖者の俤 No.1 信後の感想 1

出典『ミオヤの光』創刊号 大正8年11月『縮刷版』一巻十一頁 信後の感想 中村 禅定 私は幼時、信仰の家庭に育てられまして無意識にも仏様は尊いお方である、有難いものであると心得ておりました。朝起きても仏様を拝まなければ朝 … “聖者の俤 No.1 信後の感想 1” の続きを読む

聖者の偉業 No.11 聖者との問答

出典『光明」第12号 大正12年3月『観照』第39号 昭和8年12月 谷 安三師 速記 聖者との問答 『観照』編集者の付記 本稿は故谷安三聖子が生前消息された中の一節であります。本年(昭和8年)七回忌に相当し同志を偲ぶよ … “聖者の偉業 No.11 聖者との問答” の続きを読む

聖者の偉業 No.10 清浄光 五根浄化

出典『観照』第17号 昭和6年11月 谷 安三師 速記 清浄光 五根浄化 生来染汚せる感覚を浄化して六根清浄となす 我々人間は進歩した動物であるだけに多く磨かなければならぬ素質を持っている。同じ石にしても天然石は磨く必要 … “聖者の偉業 No.10 清浄光 五根浄化” の続きを読む

聖者の偉業 No.9 十二光仏の哲学考察 (形而上論、心理論、倫理論)

出典『観照』第16号 昭和6年10月谷 安三師 速記 十二光仏の哲学考察 (形而上論、心理論、倫理論) 無量寿仏より炎王光仏までは宗教形而上論なり。または如来論あるいは宇宙論とも言うべきである。我々が直接に感覚するもので … “聖者の偉業 No.9 十二光仏の哲学考察 (形而上論、心理論、倫理論)” の続きを読む

聖者の偉業 No.8 炎王光2

出典『観照』第14号 昭和6年8月/『観照』第15号 昭和6年9月 谷 安三師 速記 「炎王光」(つづき) 先ず思惑の方からいえばこれは動物に共通の生理衝動であって、この肉の生命を持続する為に自己を保護する様に天から与え … “聖者の偉業 No.8 炎王光2” の続きを読む

聖者の偉業 No.7 炎王光1

出典『観照』第14号 昭和6年8月  谷 安三師 速記 「炎王光」(消極的) 衆生無始の無明より 惑と業苦の極なきも 大炎王の光にて 一切の障り除こりぬ 衆生の脱却すべき素質を明かす。 炎王光。衆生の垢質を滅却する事、火 … “聖者の偉業 No.7 炎王光1” の続きを読む

聖者の偉業 No.6 無対光2

出典『観照』第13号 昭和6年7月  谷 安三師 速記 「無対光」(つづき) 如来は日光にして菩薩は月の如し。新月より満月に至る。初は晦日の月の如く真闇である。無明の闇である。それが太陽の光を受けて一部分だけ明るくなる。 … “聖者の偉業 No.6 無対光2” の続きを読む

聖者の偉業 No.5 無対光1

出典『観照』第13号 昭和6年7月  谷 安三師 速記 「無対光」仏道の帰趣(終極) 衆生と仏、反対の位より解脱して終極始本一致の状態 衆生は仏陀の反対 衆生と仏陀 相対と絶対 有限と無限 絶対無限の光明に 摂化せられし … “聖者の偉業 No.5 無対光1” の続きを読む