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聖者の偉業・俤

聖者の俤 No.4 思い出のまま

思い出のまま 恒村常子(栄月) 子を失いて哀愁の暗に迷える一人の女は、昨年(大正8年)の春、黒山の五重にて学徳高き岩井上人に救い上げられ更にまた、同夏、知恩院のお朝事にご親切なる中川上人の力あるお説教を承り無明の暗の追々 … “聖者の俤 No.4 思い出のまま” の続きを読む

聖者の俤 No.3 如来のお導き

出典『ミオヤの光』一巻五号一三頁『日本の光』に基づき若干の修正 如来のお導き てつ女 夢心地の中にはや身は汽車の中にありました。汽車は包み切れない希望と逃れ出て歓びと名状し難い一種の悲哀とに、頭も混乱しそうなこの身を、何 … “聖者の俤 No.3 如来のお導き” の続きを読む

聖者の俤 No.2 信後の感想 2

出典『ミオヤの光』創刊号 大正8年11月『縮刷版』一巻十一頁 信後の感想 中村 禅定 (NO.1から続き) 上人に拝謁して、仔細を申し述べたところが上人の仰せに、 当年東京在の松戸という町に教会を創立したからその所へ参っ … “聖者の俤 No.2 信後の感想 2” の続きを読む

聖者の俤 No.1 信後の感想 1

出典『ミオヤの光』創刊号 大正8年11月『縮刷版』一巻十一頁 信後の感想 中村 禅定 私は幼時、信仰の家庭に育てられまして無意識にも仏様は尊いお方である、有難いものであると心得ておりました。朝起きても仏様を拝まなければ朝 … “聖者の俤 No.1 信後の感想 1” の続きを読む

聖者の偉業 No.11 聖者との問答

出典『光明」第12号 大正12年3月『観照』第39号 昭和8年12月 谷 安三師 速記 聖者との問答 『観照』編集者の付記 本稿は故谷安三聖子が生前消息された中の一節であります。本年(昭和8年)七回忌に相当し同志を偲ぶよ … “聖者の偉業 No.11 聖者との問答” の続きを読む

聖者の偉業 No.10 清浄光 五根浄化

出典『観照』第17号 昭和6年11月 谷 安三師 速記 清浄光 五根浄化 生来染汚せる感覚を浄化して六根清浄となす 我々人間は進歩した動物であるだけに多く磨かなければならぬ素質を持っている。同じ石にしても天然石は磨く必要 … “聖者の偉業 No.10 清浄光 五根浄化” の続きを読む

聖者の偉業 No.9 十二光仏の哲学考察 (形而上論、心理論、倫理論)

出典『観照』第16号 昭和6年10月谷 安三師 速記 十二光仏の哲学考察 (形而上論、心理論、倫理論) 無量寿仏より炎王光仏までは宗教形而上論なり。または如来論あるいは宇宙論とも言うべきである。我々が直接に感覚するもので … “聖者の偉業 No.9 十二光仏の哲学考察 (形而上論、心理論、倫理論)” の続きを読む

聖者の偉業 No.8 炎王光2

出典『観照』第14号 昭和6年8月/『観照』第15号 昭和6年9月 谷 安三師 速記 「炎王光」(つづき) 先ず思惑の方からいえばこれは動物に共通の生理衝動であって、この肉の生命を持続する為に自己を保護する様に天から与え … “聖者の偉業 No.8 炎王光2” の続きを読む

聖者の偉業 No.7 炎王光1

出典『観照』第14号 昭和6年8月  谷 安三師 速記 「炎王光」(消極的) 衆生無始の無明より 惑と業苦の極なきも 大炎王の光にて 一切の障り除こりぬ 衆生の脱却すべき素質を明かす。 炎王光。衆生の垢質を滅却する事、火 … “聖者の偉業 No.7 炎王光1” の続きを読む

聖者の偉業 No.6 無対光2

出典『観照』第13号 昭和6年7月  谷 安三師 速記 「無対光」(つづき) 如来は日光にして菩薩は月の如し。新月より満月に至る。初は晦日の月の如く真闇である。無明の闇である。それが太陽の光を受けて一部分だけ明るくなる。 … “聖者の偉業 No.6 無対光2” の続きを読む

聖者の偉業 No.5 無対光1

出典『観照』第13号 昭和6年7月  谷 安三師 速記 「無対光」仏道の帰趣(終極) 衆生と仏、反対の位より解脱して終極始本一致の状態 衆生は仏陀の反対 衆生と仏陀 相対と絶対 有限と無限 絶対無限の光明に 摂化せられし … “聖者の偉業 No.5 無対光1” の続きを読む

聖者の偉業 No.4 無礙光3

出典『観照』第9号 昭和6年3月  谷 安三師 速記 「無礙光」(前号からのつづき) 恩寵。大慈悲を以て衆生の心霊を化育し給う。 衆生性 如来の光明にて 感覚 汚 → 浄化 清浄光 感情 悩 → 融化 歓喜光 智識 闇  … “聖者の偉業 No.4 無礙光3” の続きを読む

聖者の偉業 No.3 無礙光2

出典『観照」 昭和5年12月4日 谷 安三師 速記 「無礙光」(前号からのつづき) 仏道的道徳 ここにいう如来の道徳とは仏道的道徳である。すなわち如来の心を心として、段々と進んで行くのが如来の道徳である。その起源は最完全 … “聖者の偉業 No.3 無礙光2” の続きを読む

聖者の偉業 No.2 無礙光1

法話聴書を以下に再録してみます。 無礙光(用大 処として融化せざる無し) 如来三徳 一切衆生を解脱霊化して自由を得せしむ。 昨日話した無辺光は悟らしめる智慧の光、すなわち認識の力を与える光である。 無礙光は如来の用として … “聖者の偉業 No.2 無礙光1” の続きを読む

聖者の偉業 No.1 光明主義

聖者の偉業はなんといってもやはり『光明主義』によって如来様が今現に此処に在すことをこの娑婆世界に知らせにこられた事なのではないでしょうか。 光明主義の主張を表現する一つに新・真・深の法門があります。 新の法門 「自然教」 … “聖者の偉業 No.1 光明主義” の続きを読む