聖者の俤 No.98 乳房のひととせ 下巻47 聞き書き 其の十二(つづき)

乳房のひととせ 下巻47

中井常次郎(弁常居士)著

十五 悲報

 大正九年十二月三日の夜、十一時頃かと思う、自分は上人遷化の夢を見た。否、夢に非ず。意識明瞭、印象深刻。自分は坂道を上って上人のお許へ参らんとするに、忽ち身は大地を離れ、暗夜なるに、皓々たる金色の光に包まれ、森の梢を飛行するのであった、右手に、霞の中より御廟(京都知恩院山内、勢至堂境内の思いがした)の屋根の頂が現れた。身は引きしめられて膝と談合の姿勢(棺桶に入れられた有様)となったまま空中より合掌念仏しながら本堂の方へ下り行く思いがした。
 その夜は明けて、思い出深き四日の朝となった。上人の既に遷化せられしを知らずして正午となった。電報が配達された。
  「弁栄上人遷化。七日密葬」
 この思いがけなき悲報を手にし、妻と共にしばし無言。厳粛なる哀悼の感、総身に迫るを覚えた。
 我等はかくも早く上人の遷化に遇うとは思わなかった。いよいよ微力を集めて御遺業を継ぎ、光明主義の宣伝に奮起せねばならぬ秋が来たと思った。そして上人より頂いたお名号の軸を掛け、香灯を供えてお念仏を申した。
  ×××
 鳴呼、乳房のひととせ、思いでは尽きぬ。愚路槃特、先に失忘の因縁を以て世尊の教団に異彩を放った。今、我もまた、失忘の弊を憂い、後日の為に、恩師の言々句々を筆録せり。茲に備忘録を整理し、恩師教誡の片鱗を有縁の友に贈る。覚者の一句一偈も仰ぎ信じて行えば必ず開悟すべし。ただ精進あるのみ。
  昭和十七年十月十七日脱稿
   南葵光明学園 無憂精舎にて
(了)

「聖者の俤」について
「ひかり編集室」は、現在、聖者の偉業を「新・真・深の法門」として、皆様方にわかりやすくまとめるために、聖者のご遺稿や聴書等の整理をしています。
その一環として、聖者と縁者の出会いを、まとめていきたいと思っております。
いかにして信仰の火が、聖者から縁者に伝わっていったのか?またどのような心境の変化があったのか?その経緯をひもといていくことにより、聖者とこの『ひかり』の書面を通して出会い、さらには私達の心にも、火を灯していきたいと思います。
ひかり編集部より
本稿は弁栄聖者とご縁の深い中井常次郎(弁常居士)様の著『乳房のひととせ』上巻より抜粋して掲載しています。この本は昭和16年に発行されましたが、現在入手困難となっており、未読の方も少なからずいらっしゃると思います。ここで再録し、聖者と著者との出会い、信仰の深まり、そして聖者の人格とご法話に触れていきたいと思います。現代仮名遣い、旧漢字を現代常用漢字に改めるなど、読みやすさを最優先し掲載いたします。
また〈 〉の中の表記はひかり編集室にて、前の単語熟語を説明し、また難解な文を補足した箇所です。