九州支部 平成31年4月

2月巡伝報告

《筑後地区》 辻本 良明

◇19日 浄源寺 休会
◇20日 浄土寺 21名
◇20日 浄福寺 休会
◇20日 龍川寺 休会
◇21日 摂化院 休会

 今回の巡伝は浄土寺様一会処のみでした。『至心に回向す』を讃題に、冒頭から健康体操で身も心も柔らかくし、パネルシアターでは聴衆一人一人に前に出てきて演じて頂き、笑顔の中でお話を進めることが出来ました。一水四見の話から、日本最初のホスピスのチャプレンである齋藤武牧師の人生を丸ごと受け止める話をしながら、その姿こそ南無阿弥陀仏の心と通じることをお話しました。法話の後に奥様からお茶の接待を受けながら、“南無阿弥陀仏に救われました”との体験談をお伺いし、感銘深く聞かせて頂きました。      

《粕屋地区》 多賀 学昭

◇13日 西林寺 休会
◇14日 珠林寺 35名

 久々に篠栗の地を訪れました。今回は一ヶ寺のみでしたが、珠林寺御先代住職・加藤哲道上人ご存命以来の巡伝なので10年ぶりくらいになるでしょうか。現住職の加藤浄道上人がしっかりとお寺を守っておられる姿に接して大変感銘を受けました。参詣の皆様も熱心に御聴聞下さり有難い限りです。如来様と私ども衆生は血の通った親子であり、お念仏中に私どもの心が育てられ大切なことに気付かされていく事を、実例を挙げてお話しさせて頂きました。

《福岡地区》 山上 光俊

◇15日 福岡光明会 休会
◇16日 正法寺 休会

 事務連絡の手違いにて申し訳ありませんでした。講師上人・正法寺様にお詫び申し上げます。

《佐世保地区》 鶴山 恒教

◇22日 善隣寺 8名

 釈尊御入滅の二月、愚僧にとって平成最後の巡伝布教に佐世保市善隣寺様へ赴きました。釈尊のみ教えは三国浄土八祖のご尽力を得て弁栄上人に相伝され、同じく愚僧にも相伝されました。しかし教えを受け取る側の能力によって、その広さと深さに違いがあり、能力の低い愚僧にとっては先達の言葉を便りに仏教を受け取るしか術はありません。この度の布教は法然上人の『小消息』を柱にし、弁栄上人の御法語も引用させて頂きながら、釈尊のみ教えをお伝えしました。引用させて頂いた弁栄上人の御言葉は“心が弥陀同化したうえでは、称名せずとも一切の行為はことごとく念仏である。如法の心よりなす業は口以上の念仏なり。口称念仏だけを重くみて仏行をなさない人は発展の度が低い”とのお言葉。この言葉は愚僧に祖師のみ心を伝えて下さるものと受け止め、日々懺悔して努力したいと念じています。智慧と慈悲とに在す阿弥陀如来に全てをお任せ申し上げて、祖師の申されるままに行動して参りましょう。合掌

《諫早地区》 西 悠哉

 
◇25日 慶巖寺 15名
◇25日 安祥寺 8名

 二月とは思えないような陽気の中での巡伝でした。慶巌寺様は来週から五重相伝とのことで、大変にお忙しくされておられました。安祥寺様はお寺の後継の方が来られていました。

《北九州地区》 川端 勝教

◇20日 大願寺 22名
◇21日 円応寺 20名

 “梅一輪 一輪ほどの 暖かさ”“あらやしき 節分になりて 末那識か”法話「ぎゃていぎゃてい はらぎゃてい はらそうぎゃてい ぼじそわか」般若心経にお彼岸の心が有ります。①色即是空・空即是色の色受想行識(五蘊)も同じ空の思想。②往き往き彼岸に往き 彼岸に往きついた覚よGO TO JODO ! パラダイス ①は禅宗的な思想 ②は浄土的な思想 ②浄土宗はぎゃていぎゃてい はらぎゃてい はらそうぎゃてい ぼじそわか 往き往き彼岸に往き 彼岸に往きついた覚よ(山本空外上人訳)
 浄土に往生させて頂く、その為にはお念仏をお称えし念仏行を行じる。お念仏の心を心経は教えている。生活の仕方は念仏を称えて世間、自然、宇宙をとらえていく。①色受想行識の識は眼耳鼻舌身意(六根)と末那識と阿頼耶識の八識。失恋希望絶望(願が叶う 叶わない) 識=末那識(分かっちゃいるけど、止められない 執着) 阿頼耶識 蔵(地蔵)海底の潮流・ヒマラヤの雪に喩えられる。西田幾多郎先生の「我が心 深き底有り 喜びも憂いの波も とどかじと思う」 出来るという希望の根本が阿頼耶識。 出来ないという失望は阿頼耶識に届いていない。あきらめの人生がスタートするし 出来ない人生が始まる。お念仏は阿頼耶識にノックしている。貴方は幸せだよ!私は幸せなんだ!世の中の全てが私のために生きている。花・山 花を見て美しいという気持ちは阿頼耶識から生まれている。現在はAIの時代=人工知能 車・掃除機・人工知能には阿頼耶識の認識が必要である。マサチューセッツ工科大学教授のマービン・ミンスキー氏は、人工知能をやろうとすれば心の働きだけで説明することは出来ないと説いています。仏教では此の意識よりも(さらに云うなら、心理学者フロイトによって発見された無意識よりも)深い心の作用が仏教では説かれているのであり、それが人間の執着である末那識と、生命としての存在の根本である阿頼耶識です。中でも阿頼耶識が何を「快」に感じるのか、その作用の元を生み出しているのです。邪魔をするのが、末那識で不快感じる貪・瞋・痴や凡夫の心である。お念仏を通じて阿頼耶識を感じたいものである。
            

《大分地区》 菅野 浄光

◇4日 善光寺 20名 
◇5日 蓮華寺 休会

 久しぶりの大分巡伝、お天気にも恵まれました。善光寺会場でも高齢化のため、めっきりと参加者が少なくなったとご住職のお言葉。それでも20名の参加者の皆様に頭の下がる思いです。『おかげ』についてお話させて頂きました。現在国宝の本堂を修理中。現場を間近で見ると、私が幼少の頃に一度屋根の葺き替えを行ったが、それ以来の時間を感じさせない素晴らしい仕事に、「本物になれ」とは師僧真定上人の言葉であったがその様な事を感じさせられました。精進したいものである。

《宮崎地区》 今井 裕光

◇18日 自然寺 休会
◇19日 円福寺 午前40名 午後25名
◇20日 円浄寺 午前60名 午後30名
◇21日 円光寺 午前11名 午後10名

 久しぶりに宮崎地区の巡伝を担当させて頂きました。今回は法然上人の「御忌会」という事もありまして、各会所共に盛会で大勢の方々がお集まりでした。法話の1席目は「一紙小消息」の中から、ご縁・おかげ・同じ本堂にての座を同じくする事の不思議について。午後は108煩悩・その元の無明についてのお話でした。”デカンショ・・デカンショ・・・”皆様と和やかに時間を共に出来たようでした。各上人方にはご高配賜り、親しくご指導頂けましたことを心より御礼申し上げます。大分から200キロの道のりは少々くたびれましたが、皆様の熱心な御聴聞と笑顔に心も体も癒される思いでした。暖かい宮崎は、人も温かい所です。 少しはお念仏のみ教えをお分かり頂けたかな?