関東支部 平成30年3月

一行三昧会

鎌尾光栄

◇日 時:1月7日(日)
◇会 場:光明園
◇講 話:佐々木有一師
◇参加者:15名

〈ご講話〉起行の用心 その16 円具教

弁栄聖者の五種正行
 お念仏の道しるべとなる五根五力七覚支で修行を続けて、信仰の道を辿ることを弁栄聖者は円具教と仰っています。善導、法然二師の五種正行(読誦、観察、礼拝、称名、讃歎供養)を聖者は憶念念仏の道筋として礼拝、読誦、観察、称名、讃歎供養の順序とし、新たに解釈されています。「礼拝正行とは自分はすでに弥陀の子であるとの自覚から朝夕の食として聖き心を養うのが目的である。故に至誠信楽の心をもって行うべきである。読誦正行とは聖教を読みて自己の心霊を開発するにある。観察正行とは瞑想観念をもってあるいは仏の相好光明を観察し、または浄土の荘厳の相を憶念する。称名正行とは称名にも三の意がある。請求と感謝と讃歎とである。請求というは如来の救霊を仰ぐこと、また光明の摂取を求むること。感謝とは如来の本願力に救われて御慈悲の懐に抱かれあることをありがたく感じて謝すること。讃歎念仏とは亦三昧念仏ともいう。讃歎供養正行とは新しき讃歌をもって如来の聖徳を讃歎し、讃歎するに自己の心も如来の妙境にみずから逍遥するに至るときに情調において不思議の霊感を得られる。供養とは珍膳美味および香華灯明等の供養最上なり。供養は自己の身心をすべて献げる心をもって仕え奉るにある。
 上来の五種の正行は心霊を養う糧である。真実の信を得んがためには至誠心でなければならぬ。」
これに二点を補足したいと思います。
 伝統説では第一は五正行のうち称名を正定之業とし、他の四は助業とした解釈ですが、いずれも念仏者の知情意の全般に広く働きかける全身的な修行となり、ともに正行としての性格を濃厚に保持するものと解すべきであります。五正行のすべてが相俟って往生(心霊開発)に直接にも間接にも関係寄与しているとみることができるでしょう。
 第二は五種正行と五根五力七覚支との関係であります。五正行は聖者によれば「安心起行の形式」であります。形式はすなわち目的のための枠組み、その目的を達する方法が「起行の用心」であり、三十七道品、端的には五根五力七覚支がその内容であります。聖者流の五正行の形式と聖者流の五根五力七覚支を起行の用心とする一連一体の仕組みが念仏修行の要諦であり、金科玉条の車の両輪であります。
念仏三義―当流は憶念念仏(三昧念仏)
 『無対光』「念仏三義」と題する聖者のご文章の「当流(光明主義)の念仏」から「円具教」なる信仰体系が生まれてきました。
 そこに「鎮西流には請求。真宗感謝。当流三昧。」とあり、浄土宗は未来の救いを、真宗は信じたら救われる教えを説き、当流光明主義は「即今当念弥陀合一の念仏」とされています。過去の恩を報じないのではなく、また未来の力を要しないというのではありません。しかし即今当念弥陀合一とは今生きているこの時、死して後ではなく生きている間に如来様にお育てを頂くことであり、如来様をお慕いするお念仏は三世(過去、現在、未来)を凝縮したいまこの一点にすべてがあります。それは時間を超越し、空間的にも十方に遍満しています。そして如来様と合一して(真実の自己)永遠の生命に気付かされるのです。
円具教の体験からお経を読誦すると極楽は十万億土の彼方にあるのではなく「阿弥陀仏去此不遠」と分かります。眼を閉じて深くよく感じてみれば此処がやはり如来の大光明の中であるのです。
円具教
 光明主義の念仏によって期するものは「現在を通じて永遠の生命を求めるのが目的(所求)である。罪悪の我は清められ、暗黒の生活を転じて光明の生活に入り、現在から通して永遠の生命に入ることを目的とす」(『大霊の光』)と弁栄聖者は規定し、これを「円具教」と呼ばれたのです。
円具教を最も的確簡潔に表現したものが次の偈であろうと思います。

「もし人如来のみ光の 威神の功徳を聞きまつり 日夜不断て聖名を称い 行住坐臥憶念てぞ 三昧に神をこらしつつ 聖旨の現われ祈りなば 恩寵の光に融合うて 聖きこころに復活えり 有余の依身を捨てずして 楽しき園に栖みあそび いよよ天分を果す日は 真実報土に入りぬべし」(礼拝儀所収「光を獲る因」)。

 円具教が可能となるのは縁起の原理(有無生滅の伴起、般舟三昧の真実)の故に、であります。三昧によって如来と合一し(念声是一、感応道交・仏入我我入仏、名体不離)、如来の智慧の啓示を受ける、この一連のことを一切経を読了された弁栄聖者はみずからの実証による帰納的教理として発見されたのであります。

身業の念仏

一 私の年賀状

 あけましておめでとうございます
  あらたまの年の祝に煩悩の
    いぬもかはりて菩提とはなれ
  弁栄上人の戌歳にちなんだ道詠にはげまされて
  ことしも敬仏求法につとめたいと念じております
  みな様のご多幸を心よりお祈りいたします
     平成十八年元旦

 これは十二年前の同じ戌年のときの私の年賀状ですが、聖者の道詠は、「新年の祝に犬のようにまとわりつく煩悩も寝る(いぬは寝るの意もあり、それをかけている)ことにより仏の悟りの境地になりかわりたいものだ」というような意味である。

 謹んで新年のお祝詞を申し上げます
  人と生れしかいしょには
    南無阿弥陀仏と歌わんせ
  歌うばかりが芸じゃない
    歌が出たなら舞わしゃんせ
念仏者大谷仙界師の道詠に 静から動へと転じ 躍動する身と 心と声にみなぎる 三業念仏の称えようを見るおもいがします 皆さまのご多幸を心から念じ 変らぬご交誼をお願い致します
 平成二十八年元旦

 これは一昨年の年賀状です。大谷仙界師は弁栄聖者のお弟子のひとりで昭和六年に四十八歳の若さで亡くなられたが、身口意の三業に生きる念仏を道詠にしている。これはただ念仏するだけではなく生き生きした生活に結びつく念仏の大切さを説いているのである。

二 雪をながめて申す日もあり ―荒巻くめ女

(一)「巻末に添えて」田中木叉 橋爪勇哲著『妙好人 荒巻くめ女』光明修養会刊)

極楽のはなのようなる雪がふる
    雪をながめて申す日もあり
  わが庵はたゝみ一じょう千じょうじき
    となりきんじょはぼさつばかりぢや
              ―荒巻くめさん―
 弁栄聖者の御済度をいただいた妙好人が全国に多い中に、口では法を説かずに、御つき合ひの方々を念仏にみちびかれた報恩行のありがたい荒巻さんの御縁によつて、又作仏度生にいそしまれた百田さんはじめ多くのお方々や、更に又上人方が物語られた荒巻さんの数々の御逸話が本になって、ここにきよきみくにで、分身利物(物とは人のこと)し給ふ今はかんのんさまと同じ「虚無の身、無極の体」の霊体である荒巻さんの、末代かけての「たかきみちびき」を感謝し奉り、又此の本の著者の御苦労を難有感謝し奉ります。
 うぶに信じ至誠に念じたナムアミダブツだけで、心のまなこを、大慈大悲の大み力で開示していただき、法眼慧眼の「花ふる」さとも十方皆空の「千じょうじき」の真如の空も、日常念仏の心境に、恋しなつかしの大御親さまから御みちびき入れていただいた荒巻さんの、事実の一部分を伝へ此の本を、本として読むではなく、御みちしるべとして、吾々も念仏精進したいものでございます。荒巻さんのあとをしたい、現身を通して未来永遠に、如来大悲の光明を、マザ〳〵と、いただきたいものでございます。
 荒巻さんが帰依して居られ又荒巻さんを時々御たづね寄り下された大谷仙界上人に賜はりたる聖者の御慈悲のたよりの一節を、笹本上人が解説して下されたものを左にかかげて、念仏無上道を向上するエスカレータにしていただきます。(以下略)(『妙好人 荒巻くめ女』二二一・二二二頁)

 これは、『妙好人 荒巻くめ女』の「巻末に添えて」にある田中木叉上人による荒巻くめ女の人物評であるが、くめ女は嘉永七年(一八五四年)に生まれ大正十四年に七三歳で亡くなるまで念仏者として生涯を送った妙好人である。この妙好人とは善導大師の『観経疏』に念仏者の信仰の篤い人をたたえていうことばである。「口では法を説かずに、御つき合ひの方々を念仏にみちびかれた」と木叉上人はくめ女の人物評を端的に紹介している。また、はじめに掲げた二首の「花ふる」は法眼の世界を、「千じょうじき」は慧眼の世界を表すと、くめ女のすぐれた悟境を指摘している。

(二)仙界上人一喝をくらう
 くめ女と大谷仙界上人との御法縁は、ことのほか深くお二人の法縁の在り様、個性の色濃い逸話を紹介したい。くめ女の暮らす念仏三昧堂である「常称庵」(笹本戒浄上人の命名)に、仙界上人が、気楽な気持ちで訪ずれた時のこと。「お上人お出直しなさいッ!」と。くめ女に、大声で、一喝されました。「私の家はお見かけの通り、此所ひと部屋です。それでも、お仏壇前の畳一枚は仏間として居ります。その仏間に這入る時は、どうか、お上人がお寺の本堂御内陣へはいるお気持ちで、一礼をしてお這りください」と。仙界上人は、率直に非礼をお詫びし、改めて、丁重に部屋に入り直されたとのこと。くめ女はこの庵について次の歌を詠んでいる。

  この家は弥陀仏さまのお家ぞと
    思うてものを深くつつしみ
  四帖半畳一枚仏間にて
    衣食せずして臥せぬなりけり
        (『妙好人 荒巻くめ女』一四三頁)

(三)遺り歌
 くめ女には信仰に関する歌が数多く残されているので紹介したい。大正六年くめ女が六五歳のときに弁栄聖者と出会い指導を受けるようになるが、それまでに五重相伝を四回受けるほどの熱心な浄土宗信徒である。次の歌の中でも最初の四首は浄土宗の信仰の色彩が強く描かれている。

三毒や五欲の我をそのまゝに 来いよ〳〵と弥陀の呼び声
身も口もまかせた上の阿弥陀仏 奈落のそこもあみだ仏かな
暑き日も寒きその夜も雪の夜も 五劫思惟のことを思へば
西風の吹くにつけても西方の 極楽浄土胸にうかぶる
このたびは人間界に生れ来て 法の道きゝうれしかりける
やみ夜から闇に移りし身なれども 弥陀の光に逢ぞうれしき
これほどのことは凡夫の習ひぞと 心にゆるす罪ぞ恐し
さしあたる其のことばかり思うたら人と生れし甲斐もなきなり
先きの世も此の世も大切に営まん 怠け心は徳を失う
日の光り月の光を弥陀釈迦と 御尊体をば拝む心地す
念仏を申さぬ心こゝろ死ぬ 申せば心こゝろ生き〳〵
さしあたる其のことばかり 思へたゞ返らぬ昔しらぬ行末
新しき年を迎えて南無阿弥陀 あゝ南無阿弥陀あゝうれしさや
信心の同じ心の同行と 年のはじめに寺へ参詣

三 身業の念仏

(一)大谷仙界上人の道詠(一 私の年賀状参照)
 先に紹介した仙界上人の道詠は身口意の三業として仏おもい(意)の南無阿弥陀仏と称える念仏(口)は身に仏行をなす(身業の念仏)となるよう光明の生活を勧めているのである。
(二)荒巻くめ女の遺り歌より
 くめ女の道詠には次の歌にも見られるように身業の念仏を修していたことが窺われる。何気ない日常生活の万事の行いが神通そのものであると道元禅師も説いているが身業の念仏は神通をさとることでもあろう。

  唱へつゝ万事のことをなす業は
    仏道修行と思いこそすれ 
  称うれば娑婆のつとめも苦にならず
    南無阿弥陀仏で如来と楽しむと楽しむ

〔つづく〕