光明主義と今を生きる女性 「法要」

山本 サチ子

姉の一周忌

     
 昨年亡くなった私の姉は栃木県で人生の幕を閉じました。
 姉の一周忌のその日は晴天に恵まれ、心地よい空模様でした。   
 この日私は川越市在住の姉と連れ立ち栃木の姉の家へと向かったのです。  
 私達は川越駅をスタートしてから大宮を経由して、東北方面行の電車に乗車した。電車からの風景は見渡す限りの田園地帯が広がっていた。しばしその風景に目を奪われ、心地よい時間を過ごしている間に、電車は野木駅へと到着。駅には出迎えの者が待っていてくれたので、私達二人はスムーズに当家へ到着することが出来たのです。
 
 法要は午前十時半から開始されました。読経の終了後、お坊様はいつものように親族への説法を始められました。
 
 「少し回向についてお話をいたします。今日は弘子様の一周忌の法要です。親族の方々がこうしてお集まり頂き、亡くなられた方を弔うことは大変に仏様もお悦びの事でしょう。皆様の思いは必ず亡くなられた仏様に伝わります。死者を弔う法要は本当に大事なことなのです。お亡くなりになられた弘子様も、さぞお悦びのことでございましょう。では、皆様ご一緒にお念仏を十遍お称えして、弘子様の御冥福をお祈りいたしましょう。」と参列者一同念仏を称え終了となりました。 
 すると私の姪が…
 
姪:「お坊様、私の母は今何処にいるのでしょうか」と質問をしました。
お坊様:「極楽浄土です。あなたのお母様は極楽浄土に行かれました。」 
姪:「そこはどんなところですか?」   
お坊様:「きれいなお花が咲いている極楽浄土の美しい世界です。西方十万億土の仏土の遠い世界です。この話は『無量寿経』というお経の中に出てきます。お母様は仏となられて西方十万億土の彼方から皆様を見守ってくださっておられるのですよ」 
姪:「そんなに遠い所なのですか?」
お坊様「はい。そこから仏様は皆様をお守りくださっています。」
 
 このようなやり取りがあり、墓参りも無事終了してお坊様もお帰りになりました。姪は旅の疲れもあり、元気がありませんでした。いつも行事があるたびに姪は遠いアメリカの「ロスアンゼルス」から日本の栃木県まで帰省します。遠方は覚悟でアメリカに嫁いだのですから止むをえません。それにしてもよくまじめに帰省します。姉が亡くなり一年が経った今、姪は昨年よりも寂しさが余計に増した様子でした。お坊様の話の後も姪はずっと元気がなく見えました。そして私に話しかけてきたのです。
 
姪:「サッチャン、お母さんはそんなに遠くに行っちゃったのかな?」…と言います。
私:「洋子ちゃん、お母さんはいつも私達の目の前にいるのよ。いつも離れず側にいるのだから、大丈夫。目には見えなくとも一緒にいるよ。洋子ちゃん、お念仏をしようね!」
姪:「そうだよね!お母さんはいつも一緒だよね。お念仏をします。」と涙ぐんでいた顔をあげてきっぱりと言った。
 
 姪は、翌日の飛行機でアメリカヘと帰っていきました。その朝、姪から私の携帯電話にメールが入っていました。
「今、羽田です。もうすぐ出発します。色々ありがとう。また来ます。」と記されていた。  
 
 法要の始まる少し前、私は姪に「洋子ちゃん、遠いのによく日本に帰るね!」…と言うと「お母さんがいなくてお父さんが可哀そうだから頑張って来るの」と言った。
 そのことばを聞いて私は自分が姪の年代だった頃を思い出すと同時に、同じ日本にいた私の方が親元へ帰省してなかった様に思えた。私は日本に住んで居ながら母の老後に母親の面倒をみてあげられなかった。と今頃になって後悔している。自分の事ばかりで母親への思いやりが足りなかったと申し訳なさで仏壇に手を合わせ謝る。「寂しい思いをさせてしまってごめんなさい」
 今さら何を言っても、もう遅いのだなぁ。これからの人生は後悔しないように精一杯生きようと思う。南無阿弥陀仏。
 

結び

 今回の姉の一周忌にあたり、たくさんの思い出が走馬灯のように私の脳裏を駆け巡った。小学校の時、町にはまだテレビが普及してなくて、今の天皇・皇后両陛下の結婚の儀をきっかけに我が町にはテレビが急ピッチで普及したのです。それまでは映画が主流でした。
 亡くなった姉と私は年齢が離れていました。十歳以上年上の姉はまるで私の母の様でした。夜、映画を見にいくからと言っては、姉は私によく昼寝をさせたものです。姉は私に洋服や水着なども買ってくれて嬉しかったことが鮮明に思い出されます。その頃、まだ姪は二歳位であったが三人で私の大学入学式に参列しました。記憶を辿ると姉には、もう数えきれないほどお世話になりました。だから私は姪にだけは自分の出来るだけのことをしてあげたい。それが亡くなった姉への恩返しかも知れない。
 人間は皆一人では生きていけない。周りの人々が居なかったら自分はどうなっていたのだろうか? そして、大学に入学してすぐに光明会とのご縁ができてなかったならば、お念仏を申さない人生を送っていたのだと考えると縁の深さに驚くばかりです。これからもお念仏を称え如来様と共に生活していくことを姉の一周忌を終え改めて思いを強くしました。今回の法要で少し気がかりなことは姪がとても寂しそうだったことです。お坊さんの説法の「西方十万億土の仏土の遠い世界」へ行ったとの説法に、そんなに遠いところじゃ寂し過ぎるというのです。私もこんな時、もう少し上手い説明ができたらよかったのに…と悔やまれました。まだまだ念仏が足りない。これからはこれまで以上に念仏に一層励まなければならない。
 
 栃木からの帰りがけに私は持参した『人生の帰趣』(著者 山崎弁栄)(岩波文庫発行)をそっと姪に手渡して言った。「洋子ちゃん、 時間がかかっても読んでね。きっとこの中に答えがあるから。」と言って… それが今の私にできる精一杯のことなのかもしれないと思った。           

合掌