中部支部 平成30年4月

西蓮寺例会

内藤 規利子

 西蓮寺には沈丁花、枝垂梅、椿が大きな蕾を付けていて咲くのが楽しみ。幾鉢もの紅白の梅、葉牡丹がとてもきれいでした。書院にはアオモジに可憐な椿が活けてあり癒やされました。2月25日大田敬光上人様御指導で例会が開かれました。
御法話の一部です。私からお願いして藤堂俊章上人様が編集された弁栄聖者お慈悲の便りをお読み下さいました。

 子の母をおもう如く 第九
 如来はまことのミオヤにてましませり。衆生の子は一たび本覚真如のミオヤのもとを迷い出て、久しく六道の巷にたたずみて、ミオヤ存すことをも露しらず、あまり世のはかなさに御法をききはべりてより、はじめて如来のミオヤなることを知りてより、今はミオヤは高きみ空のあなたに、こなたはつたなき煩悩の垢にけがれ見るだにあさましき身とはなれども、さすがは親と子の親しみは、わが身のほどを忘れ、ミオヤを慕うことかぎりなく、寝ても醒めても思い煩う如来を憶念することの断る間もなかりしに、如来はことに大慈悲ふかくましませば、常に衆生を愛念したもうこと、しばしもいとまはましまさぬにぞ。あくがるる子の憶念(思う心)の中に、如来のさながら聖き霊なる御姿は、心眼(心の目)の前にあらわれたまうことのいかにありがたきぞや。これを念仏三昧と名づく。
 如来様のことを本当の親、ミオヤという。自分達の親はいつかはお別れする仮の親、本当の親とは生き死にをしない親、永遠の命の中の親、そして私もその永遠の生命の中に刻刻生まれさせていただけるように念仏していればそういう身分にさせていただける。一瞬一瞬にいただいている命、それを永遠の命という。永遠の命はどこにあるか断ち切れないもうひとつの大きな命、量り知れないものが後ろにありますよ。大ミオヤ、絶対に無くならない、永遠になくならないものが抱きかかえてくださるんだよ。阿弥陀様は何処におるかい?どこにおるかじゃない皆そういう中で生かされて今生きているのによそ事に考えて永遠の命をもらうためにお念仏したりなんかするともらえるんだな、そんなことを言っているのんきなことじゃないよ。私自身ここに命をもらっている。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏と阿弥陀様にお任せしていますということをお念仏という。「お任せします」ということを言葉で言うと言葉が自分を導いてくれる。言葉は大事。人間は言葉を通じて永遠のものが分かるようにいろいろな手立てをもって我々を取り囲んでいる。本当のものはなんだということになるとそんなものにとらわれているようではいけないからナムアミダ仏ナムダミダ仏とお称えしていると心がひとつにまとまってくるからまとまりの絶頂にいくと自分が称えているか向こうさまが称えさせて下さっているのか分からないような所へ行く時間があるかもしれない。
 奥様のオルガンで「いかなる日にも」「降誕讃歌」「灯」を皆でうたいました。

ここから内藤のことです。
 私はお陰様で疲れはするけれど何とか頑張っていますが、辛いことがありました。暮れに下の妹と永遠の別れをしてしまったことです。私のことを心配してくれていた妹、百歳までも元気でいるかもしれないと思っていた妹との別れの現実を受け止めることができずにまいっています。私は昔?からおつむに「季節外れのボケの花が…。」なんて言ってはいましたがお正月過ぎより急に物忘れが酷くなり新しいことが覚えられなくなって、とうとうアルツハイマーになってしまったのか~と思いたまにふらつくこともあるので先生に言いました。「前のMRIから大分経つからMRIを撮ってみましょう。」と脳に転移しやすいと聞いているので気にしていましたが、結果は「今のところ心配するような所は見当たりません。このまま様子を見ましょう。梗塞も萎縮もありませんよ」と。え~!どうして?おつむに咲いたボケの花はどうなっているの?信じられない気持ちですがホッとしました。マイナス思考はやっぱり良くないなぁ、笑っていると病気もよくなってくるということなのでプラス思考でいかなくっちゃ…。
 此の頃は大学受験で大変な時期ですが孫娘はお正月前からのんびりしています。第一志望校に推薦で合格することができたのです。
 入学第一日目「どうだった?」と聞くと「楽しかったよ」。二日目は何やら失敗をしたと言って泣いて帰ったそうですが…。この学校に行きたいために平素からコツコツと勉強したのが幸いしたのでしょう。応援したかいがありました。娘は受験料やいろいろが最低ですんでよかった家計も助かるということで二重の喜びでした。私もよく勉強した孫娘のように真面目にコツコツとお念仏をお称えしていたならこんな落第坊主にならなくてすんだのに…。ぶつぶつ言っていても仕方がないこと幾つからでもやり直しはきくというから頑張ってお念仏をお称えしていきたいと思っています。
南無阿弥陀仏