中部支部 平成29年1月

西蓮寺例会

内藤 規利子

西蓮寺の門をくぐると一本だけ紅葉していました。菩提樹の実が大分しっかりしてきました。赤と橙色の千両の実が色付いてかわいかったです。書院には名前の知らない花が豪華に活けられていました。11月13日大田敬光上人様御指導で例会が開かれました。御法話の一部です。浄土宗のお経と礼拝儀を皆でおあげしました。お慈悲の便りをお読み下さいました。

弁栄聖者お慈悲のたより(一)五十七
 心なき身にもあわれはしられけり死木立沢の秋の夕暮と歌の聖西行のよみ玉いし如く、千古かわらぬ自然の法則山野にみつる樹々のいろ、草むらにすだく虫の音今年の秋の名残惜しきやに感じらるるかとおもわれて候。
 良に惟れば天の大ミオヤさまのみはからいは此世に生い立ちし数かぎりなき子どもたちの為に何か為さぬでは在られぬように、春は蒔かざれば生えず、夏は耘(くさぎ)らざれば成らず、秋は刈り収むべきように仕事を御さづけ下され、而して冬の寒さに春の暖和なる気候をまたせるように暑き夏の日に涼しき秋を招かせるようにし、春の弥生はさくらの花に浮くを夕暮に無限の哀れを感ぜしめ、此世に在るほどは日々に食うては寝ね寝ては起き、くり返し同じ事ばかり為しつつあるが中に、月に日にかわり来る年を迎え送りいつもいつも一つ事ばかりで倦あきてしまはぬように春よ秋よ花よ鳥よ月よ雪よとまはる舞台の装置のほど、天を見ても地をながめても実に至らぬ隅なき大おやさまの概はたらきと御恵みとには、いかにがんぜなき世の子供たちにしても、考えて観たなら感謝の念は湧き出づるならんと存じ候。
 さて此に就ても忘れまじき人事ならぬ我身の一大事。早晩消え果つべきに定りある此身の為には少の出来事でもなかなか捨て置がたしと云いながら、永遠に捨ることなき我心霊の為に、永恒の光のなかに常住の幸福を求むる道の為には、よそ事にして極楽の楽しき園にゆく道に心の足ははこびやらで、ただ日々夜々に三毒煩悩に心を焼かれ五塵六欲に神(たましい)をけがし如来より修行の為に与えられたる光明の時間をただうかうかと闇の中に暮してしまうとは、いかにがんざなき子供とは申ものの、まことに心なき我らかなと自ら己を責て、このまま再びあわれぬきょうの日を空しく過してはと存じ候まま、我同胞と仰ぎ候方の為に、此貴重の光陰をミオヤさまの思召のほかに浪費し已りぬればいかに残念と存じ候まま、念の為ながら申進候。夜もすがら鳴き通す虫さえあるに、我らは永遠に救はるる処の称名を称うるにものうきとはいかに愚者よと己を剋めて候。
 また宗祖大師のあみだ仏に染むる心の色にいでば秋の梢のたくいならましの御詠のこころを思上げても、秋の草木はうすいろづくに麗しく染らぬ我心のほどを思うてかこちける。
 尚申上度き事多く候えども後の御便りまでに遺し置候。

奥様のオルガンで「仏はいつも柔らかに」を皆でうたいました。

ここから内藤の事です。
 中三の孫娘の吹奏楽部のコンクールの「全国大会」が地元であり「チケットはとても手に入らないよ」と聞いてあきらめていたのに運良く手に入って主人とルンルンで出掛けました。足まで痛めて頑張った3年間の集大成。私の応援の気持ちは大きなものでした。以前娘から「他校に「全国大会」に何度も導いている指導力に優れた凄い先生がいらっしゃる」とよく聞いていましたが、その凄い先生がナント孫娘の学校に赴任されたのです。どこがどう指導力が違うのか、孫娘達はめきめき腕前を上げ「全国大会」にまでこぎつけました。娘は「生徒達は同じなのに先生の教え方で本当に上手になるんだよ」とよく言っています。その先生は若い頃中学に赴任して全く経験のない吹奏楽部の顧問になり、指導ができず困ったため管楽器の指導法を大学の後輩から学んだり県内外の講習会に参加したり吹奏楽の指導法を多くの先生方から学んだりして「東海吹奏楽コンクール」に11年連続、「全日本吹奏楽コンクール」に7回出場しているとのことで、先生も努力されているんだなぁと感心しました。会場ではごった返す中、父方の祖父母娘達とも自然に合流できてこれも如来様のお導きだなぁと思いました。参加校は全国で2,860校という「全日本吹奏楽コンクール」の「全国大会」はどの学校も上手で孫娘の学校もとてもきれいに演奏していてびっくりしました。残念ながら銀賞になってしまって娘はがっかりしていましたが、孫娘は「楽しかったからよかったよ」とさばさばしていたそうです。又、一週間後「日本管楽器合奏コンテスト」の「全国大会」に出場して「文部科学大臣賞」「最優秀グランプリ賞」を受賞することができ、孫娘は努力が報われたととても喜んでいて私も喜びを共にしました。私も弁栄聖者、お上人様方、皆様方の御指導を胸に頑張ってお念仏をお称えしていきたいと思っています。
南無阿弥陀佛